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2009年10月23日金曜日

無血の抗争

 無血の抗争



 生玉の物件を見て「よっしゃっ」と手を叩いた。
 千日前通に面した谷九と下寺町の上り坂のほぼ真ん中。16階建てのマンション。歩道から4mほど奥まって建てられていた。
マンションの一階正面の左角。一階35坪は2階25坪と上下に続いた空間。そして前は歩道まで約4m専用敷地。それを見た瞬間「丸太のデッキが作れる」とイメージできた。
 300万円の保証金。当時40万円の家賃。
 保証金に100万円。後は長期の分割払い。40万円の家賃は大きいが、2階は3LDKに匹敵して家族4人で暮らせる。
 一階は歪なL型で曲ったところの空間は大きい。間口4m。道路までの専用敷地には丸太のデッキと横に車庫を設ける。入口の空間を店にして、奥は多目的ホールにして、一日で内装の思案はまとまった。

 まるで怪しい宗教にでも嵌ったかのように常軌を逸した凄まじさで前へツンのめて行く。ここぞと思ったらろくに検証もせんと、自分の閃きと計算を信じて疑わず、猪突猛進するオレは、後でいつもそれを悪い癖と反省しつつも、何処かで、これも背負った己の性じゃとザックリ受けて流す。
 そんなオレを周りではハラハラ見つめる者あり、一方で賛同して期待を込めて支援の手を差しのべる者ありと二分される。
 オレの凄まじさからはどちらかと言うと後者が目立ち多数派であって、そのコトからコレまでどんだけ助けられ、どんだけ迷惑の限りを尽くしてきたコトか。

 契約して直ぐに河内長野森林組合から長さ4mの丸太の原木を数十本大型のトラックに山積みして搬入させた。それを契約物件の前の占有敷地に山と積み上げて作業にかかった。
 大阪の都会に突如現れた原木の山。道行く人はビックリ、その多くの人が興味津々と覗いていく。「何ができまんねん」一日に何度も質問を受ける。
 意気揚々と励む二人の若者とオレ。作業は毎日順調に進んでいった。
 そんな中で「エッ」とオレを不快にさせる光景が頻繁に展開されているのに気がついた。。
 時には道路の片側に車を連ね、更に十数人の黒い背広姿の男たちが通行人を威嚇するように歩道に並びやがる。
車のナンバーの多くは神戸やんけ。神戸と言えば日本一の巨大組織を誇る山口組。聞くところによると同じマンションと隣のマンションや後ろのマンションにヤクザの組事務所が四つもあるちゅうやん。
 これはえらいとこに来たモンやと後悔は後の祭りときた。まるでヤクザのメッカのような所に飛び込んでしもうた。
はじめから分かってたら絶対けえへんのにとカリカリと地団駄踏む思い。
 来たものはしょうがない。ヤクザなんかが入りとうない店にするこっちゃ。

 まるで怪しい宗教に嵌ったかのように自分の閃きと計算には信じて疑わぬ狂信ぶりで常軌を脱して凄まじく前へつんのめっていく。
 ここぞと思ったらエエ加減な検証だけで猪突猛進するオレは、それを悪い癖と反省多々ありながら、何処かでそれも背負った自らの性じゃと自負さえしている。
 周りはそんなオレをハラハラ見つめる者もあり、同調して期待を込めて支援の手を差しのべる者とに二分されるが、オレのその凄まじさからはどちらかと言うと後者が目立ち多数派であるようで。
 

 70年、万博が終わった九月に千日前で店を出してからずっと店名の頭に『ジャズ』を掲げてきた。
 オープン当初。ミナミの繁華街の夜の世相はかなり殺伐としていた。ではもめ事や喧嘩は当たり前。チンピラ、ヤクザが横行ししのぎを削っていた時代。下手してうっかり店を出したもんなら、ここはシマ内や、やれショバ代を払えだの用心棒代払えのと、無法な強要や脅しをしてくるヤクザ、暴力団の全盛の時代やった。そんな輩が来たところで撃退してやる気概は確固としてあったものの、できたら初めから係わらんで済むように考えた。
 当時、すでに廃り気味やったがジュータンバーと言われる店が隠れ家のように点在していた。オレもそれを目指した。
 入り口で履物を脱いで入る店。店内にはジュータンが敷き詰められていてテーブルも低く、じかに床に座れれ足も伸ばしたりできるから、リラックスムードで酒を飲んだりお喋りしたり騒いだりできる。
 そんな店こそヤクザ、暴力団の標的になりそうに思った。
 そこで初めて屋号の『街』の頭に『ジャズ・バー』をつけた。ジャズをやっている店にヤクザもチンピラもけえへんと考えた。

 本来はリズミカルに楽しむはずのジャズを神様と称されたジョン・コルトレーがジャズの資質をまるで哲学までに高めるように難解なものにしていった。前衛ジャズ旺盛の時代が続いた。
 ジャズ喫茶で話もでけへんくらいにボリュームいっぱいのに挙げて、炸裂するような音響の中、半分も飲んでないコーヒーカップを前に置き腕を組んでさも考えるように聴くのがスタイルやった。
 オレはそんなのに嫌悪感を抱いていた。ジャズはリズムやんけ、リズムを体に受けて足とか指先でリズムをとって楽しく聴くモノ。しかもコーヒーでなく酒やないとアカンねんと思っていた。それは今も変わってへんのや。
 六十年代後半、学園紛争が始まる少し前辺りからそんなジャズ喫茶がやたら多くなった。集まるのは俄か全共闘やその崩れの学生が主体。
全共闘も反戦青年委員会も革命諸派(オレもその一員やった)も激しい闘争をへて、権力の熾烈な弾圧の嵐の中で敗退を余儀なくされ崩壊し霧散し影すらも消えていった。ところがジャズを聴く当時の若者のスタイルは変われへんかった。
 そんな所へヤクザもチンピラも出入りする訳がない。
 その考えは正しかった。
 フェイントをかますオレの策略は当たった。看板はジャズバーでも店ではR&Bとかフォークソングやブルースにロックなど何でもありで店は繁盛していった。
 十年も続けた千日前の『ジャズバー街(まち)』。その間、全くヤクザと縁もなく係わりもなかったと謂えば嘘になるが、ヤクザも客で来るコトは来た。
 そやけどそんな店に単独で来るヤクザは自分の身分を隠しオレの店の雰囲気にヒッソリ溶け込んでいたのは何人か居たし、殊更自分がヤクザであるコトを雰囲気にも出せへんかった。

 ただ一時期やけど、組長はじめ組員が出入りするようになって困った時期もあった。
 一人の金貸しのAちゃんというのが妹の彼氏?になって家に遊びに来るようになった。
 オレの住いは実家が経営するアパートの一角。実家は路地を隔てた直ぐ横。
 Aちゃんが遊びにきて、まだ幼児やったオレの長男を連れ立って一緒に遊ぶ光景と時々出く合わした。
 そんな時、Aちゃんは相好を崩して実に人懐っこくオレに接してきて「兄さん」と下にも置かん丁寧な態度を崩せへんかった。Aちゃんはオレより二つ年上。
Aちゃんの稼業は裏の金融業。つまり、ヤクザや夜の商売の人達専門にカネを貸す高利貸しやったんや。そいつが店に来るようになってその関係の組長などが出入りするようになった。
 オレに接する柔らかい物腰とは反して、その容貌はスキンヘッドの厳つい面構えで、どう見てもヤクザをも凌ぐ凄みを醸し出していた。
彼の関連の組長が一緒に来るようになった。
その組長はAちゃんよりまた二つ年上で組長としては若い。Aちゃんと親しいのは金が絡んでAちゃんから組の資金をちょくちょく用立ててもらっていたようで、時々返済の遅れが原因で口論する場面もあった。
 その組長松っちゃんがAちゃんを凌いでオレに慣れ親しんできたんや。
 組長が来るというのは二三人のお付きの組員も一緒に来る。
 Aちゃん一人でも店にはチト困ったもんぜよと思うのに、小さな組とは言え一つのヤクザの組が出入りし出しては流石にオレも釘を刺ささんと店に一般のお客が激減する恐れがあった。
 「松っちゃんな、親しんで来てくれるのは嬉しいし、オレも松っちゃんの表裏のない性格は好きや。ただなぁ、見ても分ってもらえると思うけどこの店は普通の若いお客が集まるとこやろ。松っちゃんらがそれを心得てくれて気つこうてくれてるのはよう分ってんねん。それに今のところお客も日頃接しえへんヤクザと仲よう話ができるのを物珍しさで嫌がってもせえへん。そやけどな、やっぱりアカンねんな。オレはヤクザが大嫌いや。そやけど松っちゃんらは嫌いちゃう。それはオレが外でそんなつながりを持つんやったら問題ないねんけど、店はアカンねん」
 「うん」
 「来るんやったら時々にして松っちゃん一人で来てくれへんか」
 「そらそうやな。おやっさんマスターの言う通りやで。ワシ等がくる店ちゃうで」
 代貸格の子分が深く頷いた。
 「そうかぁ、やっぱりな、アカンのやな。俺は気はつけとったんやけどな。そうやなこうゾロゾロ来とったらアカンわな。分ったマスターもうあんまり顔出さんようにするわ。マスターも店を気張ってや。ほんでな何かあったら俺等すぐ飛んでくるさかいな」
 スッキリアッサリ、来るなとは言われへんと、遠まわしに言うてしまうオレには、どんなに馴染んでて仲良しにしてても、ヤクザはヤクザ。
 構成員十人ほどの小さな組織でもオレ一人ではやっぱり正面きってきつく言うのはケンカを売るようで流石に引けるもんがある。
 媚びるでなく対等かそれ以上の気概を保ちながら、それでいて相手の面子も立てるように、オレとしてはそれなりに必死でもあったやんやな。
で、松っちゃん達も不承不承オレの意図を汲んで従う姿勢になって、オレとしてはこれで一件落着とホッとして、従来通り普通に店をやっていけると安心したのも束の間、ある日松っちゃんが一人でやってきて優しい笑顔で話してきた。
 「マスター、ヤクザが大嫌いや言うのんはよう分かってんねんけどな、俺はなマスターの一匹狼的な心意気に惚れてしもうてんねん。この前、外での付き合いやったらエエって言うてたやん。ほんでな考えてんけどな、ウチの組の客分か顧問になって欲しいんや。組の奴等にも言うたら皆そらぁエエってことになってな。どうや、なってくれへんか」
 当時はホンマにヤクザ全盛時代とでも言うかとに角数が多かった。
 ヤクザと右翼に新左翼等の小さい組織は雨後の筍のように生まれては、しのぎを削って消えたり潰されていた時代やった。
小さい組織でも数を増やして傘下に収め勢力を増やして、対抗する組織を牽制しようする暴力団世界の事情があったようで。
 松っちゃんのような小さい組織は少しでも組を大きく強くしたい。そんなとこで見初められたようなオレ。そんなもん心外でオレの中では在り得へん。
 「アホなこと言わんといて。オレは松っちゃんをヤクザとして付き合おてんのんちゃうで。松っちゃんは松っちゃんとして好きなだけや。むしろ、オレの方が松っちゃに堅気になれやと言いたいんやで。そんな話を持ってこんといてくれや」
 キッパリ断るオレの姿勢に松っちゃんも諦めたようで
 そんな折、飲んで調子に乗ったAちゃんの話の中にオレの絶対許されへん一言があった。それは、「所詮アイツ等はヨツやし、アカンで」とAちゃんは失言した。
「Aちゃん、その言い方は止めとけや」
彼はオレより二つ年上。それでも「兄さん」とオレを呼ぶ。
「おっ、なんぼ兄さんでも堪忍でけへんな。俺の言うことに止めとけとはどういうこっちゃ」
スキンヘッドの見るからに強面が凄んできた。
「オレもな、なんぼAちゃんでもヨツいう言い方は許されへんねん」
「おお、ワレよう言うてくれたやんけ。ヨツはヨツや。許されへんかったらどないさらすんじゃい」
「そうか、ほんだら言うけどな。Aちゃんチョンコ呼ばわりされたらどう思うねん」
「、、、、」
 Aちゃんは在日韓国人。生まれてから差別の真っ只中に置かれ、グレて暴れて鑑別所、刑務所と渡り今は夜の大阪で裏稼業。
「アカンねん。差別したり偏見持ったりしたら。オレはなどんな偉い奴でもドアホでも差別する奴は許されへんねん。そんな奴はオレの敵や」
 スキンヘッド、凄味の顔が更に赤鬼の形相でオレをカッと睨みつけてる。カウンター越しにオレを殴りにくるような凄まじい眼光を鋭く刺してきた。
エエやろう。殴りに来い。一発二発位なら殴られてやろうとオレもAちゃんをジッと見据えた。
 妻も居合わせた客達も固まったままオレ達二人を驚愕の眼差しで見ていた。
 鬼の眼差しのAちゃんの瞳が一瞬キラリと光り潤みを帯びたような。
 心なしか表情が崩れた。いや、歪んだと言うべきか。
 それでも視線は外さず瞬きもせんとカッと見開いたままオレを睨みつけてる。
 空気がキーンと張り詰め鋭利な刃物の刃先のような緊張感で停止したままや。
 ヤクザとちゃうけど、オレも若い頃はケンカ人生。形相の凄みではAちゃんの比ではないけど、仮に彼と乱闘に入ってもオレには十分彼に勝てる自信はあった。
 そやけど、闘争の気持ちはオレには全くなく、どっちかと言うと哀しいモノが胸中を駆け巡っていた。差別と反逆、そして孤独な魂。
 店にAちゃんのような者が来るのは歓迎でけへん。そやけど、妹との関連を外れたところで、何かオレの裏に潜む孤独感に似たものを感じてもいた。その共有が交わりを持っていたんかも知れへん。
 突然、衝撃音が狭い店に響いた。
Aちゃんはカウンターに両腕を叩きつけるように立ち上がった。
「じゃかましいわい。分かったわ。ワレーッ、やっぱりエエ根性さらしてるの。日本人がなんじゃい。チョンコがどないしてん。オレは負けへんのじゃい。もうな、二度とな、ここへはけえへん。マスターもあんじょう店やっとけや」
 吠えるようにいうとサッと踵を返し荒々しく出て行った。
 何でやろ、寂しさがどっとオレに押し寄せてきた。
Aちゃんの歩んだ道。ぐれて暴れて少年院から刑務所と渡ってきて、カネの亡者になって裏道を強かに突き切っていく。その起因は差別にあった。差別を力で突破しようと言うのがヤクザの中には多い。
 そして、差別され続けた者が、別の差別の人達を蔑む。そんな矛盾した情景をオレは哀しく見つめてしまう。膿んでいるんや。Aちゃんも膿んでいる。屈辱と無念から生まれる寂しさを内包して荒々しく生きる事しかでけへん。
 ふと周りを見た。先ず妻が不安な眼差しでオレを凝視している。客達はそれとは違う緊張が溶けない不安な視線を送っていた。
 
 Aちゃんはそれ以来ぷっつり顔を見せんようになった。同時に出入りしていた松っちゃん達のヤクザもけえへんようになった。そこに何かの因果関係があったのかどうかオレには知る由もなかった。
 これで彼等との関係が断ち切れた。それはオレの願ってたもんでもあって、良かったと思う。Aちゃんの不注意な失言が思わぬところで店をオレの望み通りに戻した。  確か七十五年頃の記憶やったと思う。以来、生玉に店を出すまで久しくヤクザとの接点は一切なかった。

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